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ケンヂのきもち

まずは自分を知らなきゃね~

ケンヂの物語   少年時代 後編 ★加筆修正(後編5)

(後編5)





(つづき)

 

 

2年生になりケンヂとMさんは別々のクラスになった。

Mさんと会えるかもしれないと言う単純な理由でケンヂはまた慰霊執行委員に入った。

慰霊執行委員は受験のない1,2年で構成されている。

ケンヂは慰霊執行委員の副委員長になった。小学時代に引き続き、相変わらず『副』だ・・・

いつものように立候補していないのに推薦で決まった。委員長は最初なりたい人がいなかったので中々決まらなかったが、Mさんが立候補した。副委員長にケンヂが決まったからかもしれなかった。ケンヂは嬉しかったし心強かった。

委員長は、8月6日の原爆の日に全国生徒の前で、亡くなられた方の慰霊と平和祈念のスピーチをしなければならないという大役が待っている。ケンヂにはとても無理だったのでMさんの勇気を尊敬した。

 

  

2年の時の担任は年配の女の先生で音楽の教師だった。神経質で痩せていて常にキンキン声で小言をまくし立てていた。熱心だったがケンヂは苦手だった。とにかく耳に障る声で、音楽の先生なので歌はもちろん上手なのだが、小言は実際耳が痛くなる程だった。

この学校は合唱に力を入れていて、1年の時はケンヂ達(10組)とこの担任が受け持っていたクラス(9組)が飛びぬけて上手く、1年ながら公会堂で行われる合唱コンクールの県大会出場権を争っていた。9組と10組は学力優秀クラスだったみたいで、テスト成績の上位者はこの2クラスに集まっていたし真面目な生徒が多かった。2年になっても1年の時の担任は10組を受け持ち、この音楽の先生が9組を受け持っていた。

ケンヂは1年最後のテストで学年3位だった。1位不動のケンジが北海道に転校して以来、1位はコウメイジン、2位3位をアキラと競っていた。2年ではコウメイジンとアキラは10組、ケンヂは9組だった。

合唱コンで1年の時ケンヂ達の10組が優勝して、音楽教師の面目が潰れていたようで、2年で9組になったケンヂ達は強制的に打倒10組を誓わされて猛練習させられていた。10組出身のケンヂ達数人はリーダーのような役割をさせられた。

ケンヂは2年進級当時まだ声が高くソプラノパートだった。10組に勝つために難しい混声4部合唱曲を2曲先生が選択した。

ワーグナーの『タンホイザー行進曲』とシューマンの『流浪の民』だった。シューマンは小学時代、家で一人でいる時に何度も『ノベレッテ』『幻想小曲集』などのピアノ曲、今回歌う『流浪の民』のドイツ版などを聞いていて好きな作曲家だった。『流浪の民』では女の子より高音の声量があったのでソプラノソロパートを担当させられ、その後は女の子達とソプラノパートを歌わされた。左からソプラノの女子、アルト女子、テノール男子、バス男子という並びで隊列を組むのだが、ソプラノソロは、左端の一番前に位置する。女子の前に1人だけ立ち歌わなければならないのだ。小学時代の文化祭の保健班の時の事が脳裏に浮かんだ・・・ケンヂは辞退したのだが聴き入られなかった。

 

合唱コンクールの目前、ケンヂは変声期を迎えた・・・声が割れて出なくなり、急遽女子アルトパートに移され、独唱は嫌がる女の子に譲った・・・ケンヂは心底ほっとした。他にも変声期を迎えた男子生徒たちが増えてきたので、各パートの見直しが行われた。急な編成で上手く各パートがまとまらなくなった。

 

2年の合唱コンも優勝は2年10組だった。変声期の時期に混声4部合唱を選択したこと自体に無理があったのだった。

 

 

 

1年生の時は2、3年生は荒れていたが1年生はそこまででもなかったのだが次第に荒れ始めた。クラスにいたトンガった子の周りにトンガリ予備群の生徒が集まり、学校への不満、先生への不満から、次第に周りを巻き込み拡大していった。その生徒たちを押さえ込むため、先生もエスカレートして行き、校門前では先生たちが竹刀を持って待ち構え、強引な持ち物検査や行き過ぎた生活指導を行い、何もしていない真面目なケンヂ達ですらとばっちりで竹刀で叩かれたりすることも何度かあった。真面目な生徒の中からも、この先生の暴挙に反発して反抗したりする子が出てくる・・・悪循環を繰り返していた・・・

 

 1日中担任の小言のキンキン声が響き渡り、トンガッた生徒たちが暴れたり、しだいに優秀クラスも荒れ始めた。

なにか揉め事の濡れ衣を着せられたまじめな生徒Wくんが担任に怒られたことがあり、そのことを説明しても聞き入られなかったということがあった。Wくんは家も近く、クラブも一緒で、良く一緒に帰ったりしていて仲が良かった。真面目なWくんはそれ以降先生に反発するようになったので事情を聞き、ケンヂは先生に事情を説明しにいった。

その時は先生がWくんに謝りおさまった。

でもそれ以降なにか先生の怒り方が気に入らない時、Wくんは大きな声で先生に反抗するようになった。

クラスの不良グループはWくんに目をつけグループに引き込んだ。もうケンヂが何を言ってもWくんは「お前には関係ない」と突き放すようになった。いつも温和なWくんの顔が大魔神のように変わるのをみるのが嫌だった。

 

6月にケンヂ以外の男子生徒全員と女子生徒の一部が担任の音楽の授業をボイコットする事件があった。不良グループが半ば強引に真面目な生徒までまきこんでボイコットに参加させた。ケンヂはWくんを不良グループから引き離そうとして以来、不良グループににらまれていた。その一件以来、ケンヂは不良グループに狙われるようになった。

 

最初は校舎の裏に呼び出され、10数人に囲まれて文句を言われた。Wくんはいなかった。Wくんは染まらなかった。他人にすぐ影響される人間は弱い人間だと思っていた。Wくんは強い人間だったのだ。

ケンヂが1年生の時、卓球部の副部長に頭突きを食らわした一件を皆知っていたので中々手は出してこなかった。

ケンヂは格闘技好きで運動神経が良い方なので全然怖くなかったのだが、こういった場面では必ず武者震いが起こり手や頬が震える。

それをみて、「なにこいつびびっとんや」と一人が笑いながら胸ぐらをつかもうとした。

ケンヂは胸ぐらを捕まれる寸前に手を払い、相手の首を抱え込み腰を跳ね上げ首投をした。投げても首を離さず締め上げた・・・・相手は悲鳴を上げていた。

ケンヂは小学時代から『Sケン』という遊びをよくしていて、陣地内で格闘になった時、首を抱え込んで負けたことがなかった。

他の連中は手を出してこなかった。あきらかにみんないきなりの反撃に動揺していた。

勝ちを確信した。

その日はそれで終わった・・・

ケンヂは高揚して自分の勝利に酔っていたのかもしれない。

でも嫌な気分がまとわりついた。

暴力は暴力を呼ぶ。

その頃好きだったブルー・スリーの映画、『ドラゴンへの道』で学んでいたはずだった。

 

終わりではなく始まりだったということに気がついたのは翌日だった・・・

後ろから数人で羽交い絞めにされて殴られたり蹴られたりした。ケンヂが戦闘意欲をなくしても暴行は続いた。

その翌日は昼休憩に箒の柄で何度も殴られた。

イジメはどんどんエスカレートしていった・・・

 

家に帰る途中10人位にリンチにあっていたところを、近所の大学生に助けられた事があった。青年はカラテの有段者でケンヂにカラテをすすめた。

ケンヂは月謝を払えないからと言って断ったが、その日からたびたびその青年がカラテを教えてくれるようになった。簡単な基本と応急的な対処方だが役に立った。

 

ケンヂにとって一番の屈辱はその数ヵ月後に起こった。

授業が終わりクラブに行くために帰る準備をしていた。

クラスには5、6人の女子しかいなかった。後ろのドアが開き・・・連中が10人位入ってきた。いつものように羽交い絞めにされて殴られた。馬乗りになられ、箒の柄で首元を押さえられた。

こうなったら軽く押さえられているだけなのに身動きできない・・・息が出来なくなると力を緩めまた首を押さえた。必死に抵抗したが無理だった。その時ズボンのベルトに手が掛かるのを感じていた・・・

抵抗も出来ずズボンをパンツを脱がされ下半身を露出された。女の子達が悲鳴を上げてクラスから走って出て行った。散々下半身を笑われ、唾まで掛けられた。

ズボンとパンツは窓から投げ捨てられていた。連中の数人がクラスの外にいた女の子達を何人か呼んで来た。女の子達はケンヂをみてキャーキャーいって去っていった。騒ぎを聞きつけ、他の生徒たちも集まってきた。そんななかにMさんもいた・・・馬乗りになられたまま下半身を露わにしているケンヂと目があった。あわて目をそらし走り去った。

Mさんは職員室に行き先生を呼んで来た・・・

 

今まで喧嘩で泣いた事がなかったが、悔しさと恥ずかしさで 涙がでてきた。唇を噛み締めて堪えようとした・・・

 

下半身露出の一件以来、女子はケンヂを避けるようになった。目を合わさなくなった。Mさんですら話しはするものの中々目を合わさなかった。思春期の少年少女には、これ以上ない恥ずかしいことだったのだ。

 

ある日休憩時間、連中の横をケンヂが通っていた時下半身部分のことで茶化してきた。振り向きざまに連中のボスの鼻っぱしをおもいっきり殴った。

ボスは椅子に座ったまま後ろにもんどりうってひっくり返った。

鼻からは大量の血が流れた・・・

他の連中を睨んだ・・・

他の連中は手を出しては来なかった。

ボスを殴って、ケンヂは暴力が嫌いな事がようやくわかった。

怯えた顔を見るのは嫌だった。

自分の鼻のあたりが痛く感じた…

 

ケンヂはクラスで一人ぼっちになった。真面目な友だちも離れて行った。そのことの方が、イジメにあうより辛かった。

休憩時間はひたすら本を読んで過ごすようになった。

 

ボスの一件以来しばらくイジメは無かったが、丁度1週間後校舎裏に呼び出された。 

 

連中は14人いた。相手の一人が脅すためにポケットナイフをちらつかせていた。

数人が一斉に羽交い絞めにしようとケンヂに飛び掛った。

揉みくちゃになっている時、右腿に激痛が走った。

焼けるような痛さだった。「つ・・・」

もめてる時にケンヂの右腿に刺さったのだった。

みんなケンヂから離れて呆然としていた・・・学生ズボンの上から小さなナイフが刺さっていた。

激痛は一瞬でその後は思ったほど痛くなかった。

ケンヂはなぜだか落ち着いていた。武者震いも止まっていた。

皆をゆっくり見渡した。

「おまえら十数人でこんなことして楽しいの?カッコいいの?」

足に力を入れるとナイフがぽろりと落ちた。

誰も何も言わなかった。皆怯えていた。

「もうやめようよ・・・こんなこと」

刺した子は刺すつもりはなかったといい震えて泣き出した。

ボスがケンヂから視線をそらしたまま頷いた・・・

 

 

2センチほどの傷だったが、幸い刺さった場所が良かったのと深くなかったので大事には至らなかった。

 

保健室でケンヂは転んだ時ガラスの破片で切ったと言い病院に連れて行ってもらった。

傷を見てくれた先生は別に疑わなかった。

病院からもどると数人が謝りに来た。それ以降イジメはなくなった。

 

その日家に帰った、一歩間違えれば死んでいたかもしれないと言うことを考え震えた。

自分の今までの行動の浅さかさを反省しなければならなかった。

なんどもないて謝っていた『刺した子』を思い出していた。

彼も一歩間違えれば、若くして人生を台無しにするところだった。

 

ケンヂの怒りはいつも持続しない・・・

もう彼らを心の中で許していた。

 暴力を暴力で返さなかった。


皆、成長過程でどんどん変わっていく環境に適応しきれず、やりどころのない感情をトンガることにより外にぶつけているのだ。

ケンヂのこの時期特有のやるせ無い反発は、皆のそれとは違い内面におこっていた。

それを外に向けるのではなく内側に向け、出来ないこと、思うようにならないことを  どうしたらいいのか? それの対応策を考えることに向けた。沢山読んだ本からそのことは学んでいた。

世の中に希望や、自分の力に可能性をまだ夢見ることが出来たから出来ることだった。